2012年10月7日礼拝説教

題 目:『聖和式に望んで・・・』
説教者:古田 恭子 先生
訓 読:『天国を開く門真の家庭』より
場 所:藤沢統一教会 礼拝堂

《訓読》

“生涯の基準”

神様と同じ立場に立つのです。永遠なる真の愛の場に同席するのです。あの世は制限された地球星とは次元が違います。制限されたところでは自由に動くことができませんが、あの世は次元が高い世界であるために何でもできるところです。時間を飛び越えられるのです。愛を中心として何でも願いさえすればいつでも、どこでもみな得ることができるのです。

《説教要約》

お父様を霊界に送り 月日が流れてまいりまして、お母様が地上で毅然と立っていらっしゃるのが喜びであります。私は46年前にこの道に導かれて、お父様に何度もお会いさせて頂きました。お母様は今『草創期に帰る』とおっしゃっていますので、草創期の香がどのようなものかを皆様にお届けするために、この場に伺うようになったのだと思います。

お父様のみ言を受け入れますと、一度もお会いしたこともないのに老若男女が皆人生行路を変えて、困難な道を歩み始めますね。世界に行ってみますと人種も国境も宗教も超えてしまうものでありまして、お父様の背後にある例えようもない大きな愛、犠牲、真心がある証拠であります。

自叙伝に、共産圏での宣教で最初に犠牲となったマリア・ジブナさんのことが出ていますね。信教を認めない共産主義社会で宣教活動をしてチェコの警察当局に捕えられ、獄中で亡くなっていかれた姉妹です。
彼女は亡くなる前に、日記帳の中にお父様に宛てた手紙を残しました。イーストガーデンにいらっしゃるお父様のもとに遺品として送られてきたその手紙を開封する場に、私はたまたま居合わせたのです。手紙の内容は大体このようであったかと思います。

「お父様、私は一度もあなたにお会いしたことがありません。あなたの声を聞いたこともありません。私はあなたのみ言を聞いて、これが私の生きる生命の糧となり、この教えを全ての人に伝えたいと宣教にまいりました。この社会は宗教を受け入れることが難しく、私たちは捕えられて、おそらく私は明日、この地上にいることはないでしょう。
しかしそうなったとしても、私が選んだ道に決して悔いはありません。ですから私のために心配しないでください。私のために泣かないでください」―最後にひと言「お父様、それでも一度でいいから、あなたにお会いしてみたかった」
・・・このように結んでありました。

お父様はそれを聞きながら項垂れていらっしゃいましたね。誰も声をあげることのできない環境の中で、お父様はひと言、おっしゃったのです―「先生は悪い男よね」。『私が原理を解明しなければ、私が原理を伝えなければ、彼女はこういう目に遭うことはなかったのに』こういう意味をこめて言われたのでしょう。
暫く皆黙っていたら、もう一回お父様が声を発しました。「私が霊界にいった時、最初に彼女を呼んであげよう」。それを聞いて私たちは心が解放されましたね。『マリア・ジブナさんはお父様にお会いできたかな』と、清平で(弔問の列に)並びながら思ったわけであります。

今後私たちが行くべき道について、9月17日に真のお母様を中心とする出発式で語られた『真の父母様の勝利圏を相続して希望溢れる未来を開いて行きましょう』というみ言をみてみましょう。

・訓読会の伝統を守りましょう―すべての問題解決はみ言の中にあります。
・善なる血統を守り、祝福家庭の理想を完成させましょう
・氏族的メシヤの使命を果たして天一国を完成させましょう
・真の父母様と一つになり、真の父母様、真の御家庭を中心とした和合と統一の心情文化共同体を築きましょう

『中断のない前進をしましょう!これは真のお父様の遺言です』というのが、この大会を通じたお母様の結論でありました。『聖和式に臨んで…』ということで、私の説教を終わります。

 

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