2014年6月29日礼拝説教

題目:『真の私を探して』

説教者:崔成烈 教会長

場所:藤沢教会 礼拝堂

私達は、自分自身が神様の悲しみの実体になっているのです。真の愛の実体ではなく堕落性だらけで、神様の心情の相対圏になっていないのです。ですから、真の自分自身を探さなければなりません。その為には、メシヤを通して神様のみ言を頂くことが、我々にとって一番大事なことです。それは、み言がなければ、善悪の基準が立たず、善悪を分別できないからです。神様からみ言を頂く感性を失ってしまったので、真の父母様を通して神様の真理のみ言を頂くようになったことに感謝しなければなりません。そして、み言の実体になることです。み言の実体は、結論的に言えば、真の愛の実体です。創造主天の父母様に似た真の愛の実体ということです。天の父母様は、父母様に似た人間を願っているのです。サタンに似た人間ではないのです。真のお父様と真のお母様のような、為に生きる愛を持っている人間です。それは、自分の事情を乗り越えて為に生きる、忠の道、孝の道、烈の道でしょう。み言が、自分の骨となり、身となって、愛の実体になることによって、年頭標語にあるような、「天の父母様に似た」実体となる道、それが、我々の行くべき道なのです。もう一度、自分の中にいる神様を感じ、自分の中のどこにサタンがいるのかを感じて、真の愛の実践を尽くして、真の私を自分自身が探し立てうる人生の主人公になりましょう。

▲TOP