2014年4月13日礼拝説教

題目:『我らはなぜ苦労しなければならないか』

説教者:崔成烈 教会長

場所:藤沢教会 礼拝堂

我々は、なぜ苦労しなければならないか。

堕落によって、自己中心的な愛を中心として、神様の理想世界とは正反対の世界が出来てしまったので、自分自身の中にある自己中心的なサタンの因縁圏を全部切って、自分自身を真の愛の種を持っている立場に、再創造されなければなりません。それが、自己犠牲の道、自己否定の道であり、苦労の道なのです。

真の愛が分からない我々のもとに神様が送って下さったのが、真の愛で具体的に愛して、理解させ悟らせて、ただ救ってあげたいという心情を持って、十字架を背負っていかれた神様の代身者であるメシヤなのです。真の御父母様も、イエス様がゲッセマネで祈られたように、人類の罪の全ても、神様の苦しみの心情も何もかもを受け止めて、全てにご自分が責任を持っていくという使命感をもって御苦労されました。そして、我々が、堕落圏から解放される道を教えて下さったのです。

真のお父様が、どんな苦労、どんな拷問、どんな迫害、どんな反対があったとしても、この自己中心の世界を神様の理想世界に復帰するためには当然の苦労であると、一切の不平不満なく、全てに感謝して、黙々とこの道を行かれたように、我々は、それが苦労であったとしても、心から感謝して、自己否定の道、為に生きる道を行かなければなりません。

それこそが、我々自身が、自己中心的な罪から解放される道であり、神様の愛が真のご父母様を通してこの地上で実ったように、我々を通して真の愛の実が実ることのできる唯一の道だからです。

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