2013年9月15日礼拝説教

題目:『信仰の真の意味-①精誠』

説教者:崔成烈 教会長

場所:藤沢教会 礼拝堂

人間に精誠がなぜ必要になったのか?人間の堕落によって神様との関係が全て切れてしまったからです。精誠の仕方は万物を捧げたり、断食・敬拝・水行したり、訓読やお祈りをしながら自分のサタンを分別するのです。信仰生活において自分の本心が肉身を主管できる時がありますか?簡単ではありません。賛美と祈りと訓読は自分の心に大きな力を入れることです。堕落人間は心が弱くなっています。ですから祈ったり歌ったり訓読して、神様の心情が私の心情になるようにするのです。力強く歌ったり祈り訓読して神様の心情を感じること、父の祈りもアボジがどのようなレベルで祈ったか、自分が感じるのが目的であります。精誠の恩恵は願い事が叶うこと。精誠の結果、罪の告白、悔い改めができるのです。ですから感謝ができるし喜びが来るし新しい出発ができるのです。精誠により本当に自分の心が強くなるので、善なる欲望が「実践したい」という原動力になるのです。これが精誠の恩恵です。精誠によって神様がこの時間私に働いて、私に願うことはどういうことですかと願いを感じることが大切です。私が条件を立てることによって、神様が私に言いたいことを受け入れることが尊いのです。信仰は形が見えません。見えないことを信じることが信仰ですから、我々が絶対に信じてみ言を学んで実践することによってみ言の実体にならなければなりません。今は報告の時代です。人間の堕落によって神様との関係は完全に切れたのですから、神様と人間の小さなパイプを作ってくださったことが祈りです。堕落人間の祈りは簡単には神様に届きません。自分の中の善悪を分別して祈ったとき、神様に通じるような小さなパイプが祈りです。祈りが足らない人は祈願書を書いてください。祈りを書いて祈願すればそのものに恩恵がありますから。神様と人間の関係は親子の関係ですから、心と心で通じる関係、対話ができる関係、心情で通じる関係を取り戻さなければならない根本関係ですし、人間の責任分担がありますので報告が大事です。この期間、自分の様々なものがありますが、精誠を通して神様と深く会うことのできるように、良心の心情を聞き、自分の心情の声を聞くことのできる精誠を持って頑張るようにお願いいたします。

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