2013年4月28日礼拝説教

題目:『聖和を通して永生へ』

説教者:武宮 泰久 教会長

場所:藤沢教会 礼拝堂

私たちは霊界というものを知ることができませんし、確信がないゆえに私たちは知らずに過ごしてきました。それ故に私たちの価値観は自分なりの価値観になってしまい、今私たちの様々な社会現象を通し、非常に不安定で何を軸にしていいか分からない時代になってきてしまっています。私たちはその霊界の事実、あるいは天の父母様の存在に対して完全に無知になってしまいました。真の父母様が地上に来られて私たちにはっきりとこの問題について指針を示して下さいました。私たちは真の父母様を知る前までは何のために生まれて何のために生きるのか、人生の目的を含めて全て曖昧、全て自分なりの人生になっていました。しかし真の父母様が地上にこられ、少なくともメシヤを知った私たちは何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、霊界はあるのかということに対するはっきりとした自覚を持って生きていくことができるようになったのです。これは感謝すべきことではないでしょうか?

神のもとに生まれる、神のもとによって結婚する、神の名において死んでいく、これがどれくらい価値あるものか。お父様は最後に神の名によって霊界に送ってくださる聖和を与えてくださいました。霊界の皆さんが羨望の眼差しで見ているのが聖和なのです。死んでしまっているので聖和式に与っていないのです。霊界の霊人たちはみなさんのお陰で新しく生まれることができ、祝福を受けることができました。感謝です。けれども真の父母様の名によって霊界に来ていない。天の父母、神様の名によって霊界に来ていないのです。霊界の人たちは聖和を通さないと霊界の天国には入れないのです。ですから聖和式というものが重要になってくるのです。

私たちは真の父母様と共に生きている人たちです。私たちは真の父母様との心情因縁、愛の世界を本当に言えますか?お父様はその答えの全てをくださっています。それが訓読です。訓読することによって私たちは真の父母様の存在、メシヤとは何なのか、神様霊界を含めた全てを明らかにされた真の父母とは何か。全て私たちにくださっています。お父様のみ言の中にあるように霊界においても8大教材教本の訓読はやらなければなりません。地上で私たちが訓読をしない限り、私たちは霊界の方々にそれを伝えることができないし、霊界の方々も訓読することができないのです。それを思って私たちの訓読生活というのは先祖のためにも重要だということを意識し、毎日の訓読に励んでいただけたらと思います。

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