2013年3月31日礼拝説教

説教:『愛による所有の決定』

説教者:佐々木 宏 信徒代表

場所:藤沢教会 礼拝堂

 

今日は聖書のアブラハム家庭についてもう一度共に考えていきましょう。

アブラハムは聖書の中にもありますが最初アブラムと言っていましたね。サラはサライと。しかしある時神様が、あなたはもはやアブラムと言わずアブラハムと名乗りなさい。それは国民の父だというわけです。そしてサライも諸国の国の母になりなさいと言ってサラと。これは真の父母というのがアブラハムの家庭から出発していたということです。ですから国民の父、国民の母というのがアブラハムとサラとですね。その様なアブラハムに神は「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」と言ったのです。イサクはアブラハム100歳、サラが90歳の時に生まれた子供です。聖書にサラは石女と書かれていますから子供が産めなかったのです。しかしアブラハムの血統を残さなくてはならない、神の血統を残さなければならないので養子を入れ、自分のプライドも捨ててハガルという下女をあてがってでもアブラハムの血統を残そうとしたのです。イサクは神様によって生まれました。奇跡の誕生、神様の愛するひとり子イサクです。この時あえてあなたが愛するひとり子イサクと呼んだ神様の意図は一体何だったのでしょうか?信仰を立てたサラであってもやはり自分の子供が生まれた時は神様をより愛していた信仰よりも、どうしても私の家庭や私の子供というほうが強くなってしまったのです。神様はあなたの愛するひとり子とあえてそう言ったのは、私の愛するひとり子ではなくあなたが愛する執着を持っているイサクを捧げても私を愛するかということなのです。あなたが私を恐れない者であることを今知った、というのは神様の恨みが解けたということです。そうしたら何があったのでしょうか。牡羊が藪に角を掛けていたのです。牡羊は急に現れたのですか?居たのです。サタン分立されていなかったから見えなかっただけです。主の山に備えあれ、備えはあるのです。私たちもそのような本当に天の父母様、真の父母様を愛してその愛の関係性を持ったとするならば、私の所有権を神様が決定してくださるのです。その内容を通して、私自身や私たち家庭が誰に所有されるものになるのか、信仰の原点に帰る立場において新しい1週間、4月を出発していきましょう。

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