2012年7月18日自叙伝心の書写講演会

7月18日に藤沢統一教会礼拝堂にて自叙伝心の書写講演会が行われました。

その時の講話の要約を掲載致します。

タイトル:『心を尽くして人の話を聞いてあげる』

浅川 勇男 先生

文鮮明先生は『人を幸せにするためにはどのような心掛けが必要なのか』をかなり幼いころに悟られ、以来それを実践し続けて今日90歳を超えておられます。この悟られた世界は法則であり、科学であると私は思っております。真の幸せの科学と言ってもいい内容についてお話しさせて頂くわけですが、基本的には『真の愛で愛さない限り幸せになれない』これが文鮮明先生の悟られた核心部分です。
では、どうやって愛するのでしょうか?

まず顔で愛する。これが笑顔です。文鮮明先生は『微笑みは幸福の根である』と言いきられています。『笑う門には福が来る』これは真理です。次に口で愛する。つまり、言葉で愛する、ということです。人を幸せにするために、そして人を幸せにして自分が幸せになるために、神様は言葉遣いを人間に与えられました。ですから、本来人間は言葉を語って幸せになれるようになっています。それから、手足がありますね。これもまた、人を愛するためにあるのです。文鮮明先生によると『料理とは愛の味を高めることである』と美しい表現をされています。料理や掃除は愛の実践なのです。

そしてもう一つ、しかもそれは最も大切だといっても過言ではありません。これが耳なのです。耳は心を尽くして人の話を聞いてあげるためにあり、それは人を愛することなのです。人は自分の話をずっと聞いてくれると“愛された”と感じるようになっています。人の話の腰を折ったり、時間を気にして人の話を聞くことは愛ではない、と文先生はおっしゃっています。
では、人の話を聞くことと、心を尽くして聞くこととはどこが違うのでしょうか?家庭や職場などで、私たちはいろいろな人の話を聞いています。しかし、聞く耳に心が入っていない場合は、ただ聞いているだけなので、幸福に繋がらないのではないでしょうか。
そこで、心を尽くして人の話を聞いてあげる二つの特色(秘訣)をお話し致します。
第一番目は、心の門を開いて聞くこと。心にも家があり、玄関があります。実際の家が狭くても心の家の広い人がいます。心の間取りの広い人は(心に)いろいろな人が入ってきて安らぐことができるではないですか。ところが人の好き嫌いの多い人は心の間取りが狭いので、人が入ってくることができません。これが“嫌われる”ということです。皆さん、心の門を開いて人の話を聞いていますか?心の門を閉ざして人の話を聞いた場合、幸せにはなれません。初めから人の話を聞く気がなかったり、人の話を決めつけたり、物置のように心にいろいろなものが詰まっていたら、人の入る余地がありません。心を空にし、素直になってその人の人格を受け入れておもてなしをする、これが愛することなのです。
第二番目は、根気よく忍耐強く聞くことです。根気と忍耐がなければ愛を実践できません。文鮮明先生は『どんなに悪い人でも根気と忍耐をもって尽くし続ければ必ず変わる』と確信をもっている人です。
これが私どもにはなかなかできないわけですから『心の書写』というものがあります。人の話を聞けない、愛が枯れている自分の心の色を【黒】とします。どんな黒に交わっても滲まない強度品質の【白】でいらっしゃるのが文鮮明先生です 言葉には魂があり、言葉はすなわち人です。文先生の魂から滲み出た言葉と向き合う時、それは文先生の魂と向き合った瞬間と同じです。真っ白い文先生の魂と心の書写を通して毎日交流することで、この黒が灰色に変わり、次第に白に染まっていきます。
『心を尽くして人の話を聞いてあげる』このみ言をもって、ぜひ新しい出発をして頂ければ幸いです。

 

 

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